
作業現場では、ほんのわずかな油断が大きなな事故につながることがあります。濡れた床、油が残った作業場、冬の凍結路面──。どんな業種でも「滑りやすい状況」は日常的に潜んでおり、 転倒は最も身近で、最も発生しやすい労働災害のひとつです。
厚生労働省が公表した令和6年の労働災害統計によると、休業4日以上の労働災害のうち「転倒災害」が全体の約24%を占め、最も多い災害要因となっています。つまり、労災の最大のリスクは「転倒」であり、防滑対策は業界を問わず欠かせない安全管理の基本と言えます。
特に冬場は凍結路面による事故が増える傾向にありますが、転倒のリスクは季節に限定されません。例えば、清掃業者の剥離作業で濡れた床、介護施設での入浴介助、食品工場の油床や水濡れ環境など、年間を通じて滑りやすい状況は数多く存在します。さらに、高所作業では「滑り」が墜落・転落につながるケースもあり、より慎重な対策が求められます。
そこで本コラムでは、摩擦係数や素材特性といった科学的な視点から転倒リスクの仕組みをわかりやすく解説し、清掃・介護・食品工場・屋外作業など、さまざまな現場で役立つ実践的な滑り止め対策をご紹介します。ぜひ最後までご覧ください。
摩擦係数と滑りやすさ
摩擦係数という指標
人が歩くとき、足元が安定するかどうかは「床面と靴底の間にどれだけ摩擦力が働くか」で決まります。この摩擦力を数値化したものが摩擦係数(Coefficient of Friction:COF)です。一般的には摩擦係数が0.4を下回ると転倒リスクが高まり、0.6以上で安全性が確保されやすいとされています。国内外のガイドラインでも“0.4前後”がひとつの境界値として扱われています※。
摩擦係数は床材の種類や環境によって大きく変化します。乾燥したコンクリートやゴム床は比較的高い値を示しますが、セラミックタイルや金属床のように表面が滑らかな素材は低くなりがちです。さらに厄介なのが水分や油分の存在です。水が付着すると摩擦係数は急激に低下し、油が混じると危険度はさらに増します。
例えば、一般的なビニル床シートでは、合成ゴム底靴で乾燥時0.84、濡れた状態では0.46という報告があります。また、靴下では乾燥時0.24と極めて低い一方、濡れた状態で0.45に上昇するという例もあり、「乾いている=安全」とは限りません。環境条件によって摩擦係数は大きく変動するのです。
静摩擦と動摩擦 ― 人間の歩行特性
摩擦には「静摩擦」と「動摩擦」があります。静摩擦は足を踏み出す前に働く力で、動摩擦は歩行中に滑らずに進むために必要な力です。足が滑るのは、静摩擦が不足して足が動き出してしまう場合、または動摩擦が足りず歩行中に滑る場合です。特に油床や凍結路面では動摩擦が著しく低下し、バランスを保つことが難しくなります。
歩行時には「かかと接地」「蹴り出し」の動作で静摩擦と動摩擦が働きますが、摩擦係数が低いと足が滑りやすくなり、バランスを崩します。研究では、健常成人は滑りやすい床に移る瞬間に歩幅を縮め、体幹を後傾させる補償動作を行うことが確認されていますが、高齢者ではこの補償動作が遅れるため、転倒リスクが高まる傾向があります※。
(参考:労働安全衛生総合研究所「すべり転倒」の実態と評価・対策について」)
科学的視点と国際基準
摩擦係数は、現場の安全性を客観的に評価するための科学的な指標です。国内外の基準でも、転倒防止のための境界値は概ね共通しています。日本建築学会や国土交通省のガイドラインでは、履物着用時の床面はC.S.R値0.4以上が推奨されています。また、米国ANSI A326.3規格では硬質床材の動摩擦係数(DCOF)を0.42以上とする基準が示されており、国際的にも「0.4〜0.5」が転倒防止の境界値と認識されています。つまり、国を問わず摩擦係数0.4前後が転倒防止の境界値として認識されています。
摩擦係数の低下は、安全な床を一瞬で危険な床に変えます。食品工場では油床で摩擦係数が0.2程度まで低下することがあり、介護施設の浴室では素足時にC.S.R・B値0.6以上が推奨されています※。冬場の屋外では凍結によって転倒だけでなく墜落・転落につながるケースもあります。
こうした事例が示すように、摩擦係数は「床の状態」と「人間の動作」をつなぐ重要な指標であり、滑り止め対策は摩擦係数を安全域に戻すための技術的アプローチと言えます。
滑り止め技術との関係
滑り止め対策の目的は、摩擦係数を安全域まで引き上げることです。防滑ゴムは靴底に微細な凹凸や吸盤構造を持たせることで摩擦係数を高め、床用コーティング剤は表面に微細な凹凸を形成して摩擦力を増加させます。現場ごとに環境条件(濡れ・油・素材・温度など)は大きく異なるため、最適な方法を選ぶことが重要です。滑り止め製品は「摩擦係数を改善するための技術」であり、現場の安全性を高めるための実践的な解決策なのです。
(参考:ANSI A326.3 硬質表面床材の動摩擦係数 (DCOF))
滑り止め対策の分類と特徴
床材の対策
滑り止め対策の中でも、まず検討すべきなのは床材そのものを改善する方法です。床面に防滑加工を施すことで摩擦係数を高め、濡れや油、洗剤といった環境変化に強い表面をつくることができます。防滑コーティング剤には、化学反応で微細な凹凸をつくるエッチング系、骨材を付着させる粒子系、薄い膜を形成する樹脂系などいくつかの種類があり、いずれも乾燥時だけでなく水濡れ時の滑り抵抗を維持できるよう設計されています。また、防滑タイルを採用する方法もあり、表面のテクスチャによって滑りにくさを確保できます。食品工場や清掃現場のように油分や洗剤が残りやすい環境では、床材への対策が特に効果的ですが、施工にはコストや作業時間が必要となるため、現場の規模や稼働状況を踏まえて選択することが重要です。
履物の対策
履物の防滑性能も、現場の安全性を大きく左右します。靴底の素材やパターンは摩擦係数に直結し、防滑ゴムや特殊配合のソールは濡れた床でも滑りにくいよう工夫されています。作業用スニーカーやサンダルには特許取得の防滑ソールが採用されているものもあり、清掃業者や介護施設で広く使われています。冬場の屋外では凍結路面に対応した簡易スパイク付きのカバーが有効で、作業者の安全性を大きく高めます。導入しやすく即効性がありますが、靴底は摩耗によって性能が低下するため、溝の深さを定期的に確認し、必要に応じて交換することが欠かせません。
補助具による対策
床材や履物だけでは十分な安全性を確保できない場合には、補助具を併用することで滑りやすさをさらに抑えることができます。水や油が残りやすい場所には耐油性や排水性に優れたラバーマットを敷くことで足元の安定性を高め、作業者の足元を安定させます。介護施設では手すりや歩行補助器具の設置が転倒防止に直結します。補助具は設置や管理に手間がかかるものの、現場の状況に合わせて柔軟に導入できる点が大きな強みです。
対策の組み合わせと現場適応
滑り止め対策で最も重要なのは、これらの方法を単独で考えず、現場の条件に応じて組み合わせることです。滑りやすさの原因は床材の状態だけでなく、環境条件や履物、さらには人の動作まで複合的に絡み合って生じるため、対策もに行う必要があります。例えば、食品工場では防滑コーティングを施した床にラバーマットを併用し、作業者には防滑靴を支給することで、油や水が多い環境でも高い安全性を確保できます。介護施設では防滑床材と室内用の防滑サンダルを組み合わせることで、高齢者の転倒リスクを大幅に軽減できます。屋外作業では、凍結しやすい場所に耐寒性のあるマットを敷き、靴用スパイクを併用することで冬場の安全性を高められます。労働安全衛生総合研究所でも複合的な対策が最も効果的であると示されており、現場に合わせた多層的なアプローチが求められます。
また、滑り止め対策とあわせて「注意喚起の見える化」を行うことで、 現場の安全性はさらに高まります。 清掃中の転倒事故を防ぐためのフロアサイン活用については 「清掃現場の安全を守る|事故防止と作業効率を両立するフロアサインの選び方」 で詳しく解説しています。
現場で選ばれる防滑アイテムと実践的な活用法
リンレイ【FAST GRIP(ファストグリップ)】
即効性と持続性を兼ね備えたセラミック床用防滑コーティング
人の出入りが多いスーパーやコンビニ、ホテルロビー、遊技場などでは、雨天時の水濡れが転倒事故につながる大きなリスクになります。「FAST GRIP」は、セラミックタイルや鏡面仕上げの御影石に対応した防滑コーティング剤で、スプレーしてモップで広げるだけという簡単な施工が特長です。施工後は30秒から1分ほどで乾燥し、タイルの風合いを損なわずに滑りにくさを付与できます。
効果は約24時間持続し、出入口付近など部分的な施工にも適しています。JIS規格に準拠した試験ではC.S.R.値0.7〜0.75を記録しており、一般的に危険とされる0.4を大きく上回る性能を確認できます。短時間で安全性を高めたい現場に向いた実用的な防滑ソリューションです。

山崎産業(コンドル)【床用ノンスリップ850】
安心・安全を長期的に支える簡単防滑コート
御影石や大理石、コンクリート、木材、金属、ステンレス、タイルなど幅広い床材に対応できる防滑コーティング剤です。けい砂を含んだ特殊コートが床面に強いグリップを与え、乾燥時で0.83、湿潤時でも0.8という高い摩擦係数を実現しています。一般的な基準値であるC.S.R.0.4以上を大きく上回る性能で、商業施設のように1日2万人が通行する環境でも3〜5年にわたり効果が持続する耐久性が魅力です。
施工は洗浄・脱脂・塗布というシンプルな手順で行え、夏場で約2時間、冬場でも3時間ほどで軽歩行が可能になります。透明仕上げで床材の景観を損なわず、施工中の臭いも少ないため、食品関連施設や商業空間でも使いやすい仕様です。素足での歩行にも対応しており、大浴場やプールサイドなど水が多い環境でも安全性を高められます。

| 即効性 | 長期耐久性 | 屋内向け | 屋外向け | 素足環境 | |
|---|---|---|---|---|---|
| FAST GRIP | 〇 | × | 〇 | △ | × |
| ノンスリップ850 | △ | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
日進ゴム【ハイパーV #006】
安心・安全を日常と作業現場で支える防滑スニーカー
食品工場や清掃現場など水や油が残りやすい環境で高い防滑性能を発揮するスニーカーです。特許取得の「HyperVソール」により、水や油膜ができにくい構造を実現し、優れたグリップ力を発揮します。作業時だけでなく、雨の日の街中でも滑りにくく、普段履きとしても使いやすいデザインです。
インソールにはハニカムEVAを採用し、クッション性と通気性を両立。長時間の作業でも足への負担を軽減します。オールブラックのレザースニーカー調デザインは、ジャケットやスラックスにも合わせやすく、ビジネスシーンでも違和感なく使用できます。

日進ゴム【Pitatto Ⅲ】
素足環境で安心を支える防滑サンダル
介護施設や浴室など素足で歩く環境に特化した防滑サンダルです。水や石鹸水でも滑りにくいHyperVソールを採用し、入浴介助や浴室清掃など濡れた環境での安全性を高めます。側面には水抜け穴を設けており、内部に水が溜まりにくい構造で快適性を維持します。
軽量EVA素材を使用しているため足への負担が少なく、白を基調としたクロッグタイプのデザインは医療・介護現場に馴染みやすい印象です。来客対応や工場見学など、清潔感が求められる場面でも活用できます。

STABIL【グリッパーズ】
剥離作業と雪かきに対応する万能防滑シューズカバー
アメリカのアウトドア用アイゼンメーカーとして知られるSTABIL社が開発した防滑シューズカバーです。作業靴や長靴の上から簡単に装着でき、弾力のある合成ゴムが足にしっかりフィットします。靴底には特許取得のブロックパターンが全面に配置されており、滑りやすい床面や凍結路面でも高いグリップ力を発揮します。
剥離作業や洗浄作業といった屋内の危険な床環境から、雪かきや凍結路面での屋外作業まで幅広く活用できる点が魅力です。コンパクトに持ち運べるため、冬場の外出時にも携帯しやすく、必要な場面で素早く装着できます。

コンパル【スタッドレス・スパイク】
凍結路面でも安心して歩行できる携帯型防滑アイテム
冬場の凍結路やみぞれ、新雪の道を安全に歩くための携帯型防滑アイテムです。靴に装着するだけで路面をしっかりキャッチし、滑りやすい環境でも安定した歩行をサポートします。金属スパイクを使わず合成ゴムを採用しているため、歩行時の違和感が少なく自然な足運びを維持できます。
スタッドレス仕様の合成ゴムには波線状の溝が施されており、凍結路面や雪道でもしっかりとグリップします。つま先とかかと部分に防滑構造を備えているため、歩行時の安定感が高まり、転倒リスクを大幅に軽減できます。ファスナー付きのパッケージで持ち運びもしやすく、必要なときにすぐ取り出して装着できる利便性も魅力です。

| 屋内向け | 屋外向け | 素足環境 | 快適性 | |
|---|---|---|---|---|
| ハイパーV #006(日進ゴム) | ◎ | △ (氷には不向き) | × | 〇 |
| Pitatto Ⅲ(日進ゴム) | 〇 | × | 〇 | 〇 |
| グリッパーズ(STABIL) | 〇 | 〇 | × | △ |
| スタッドレス・スパイク(コンパル) | × | ◎ | × | △ |
まとめ
転倒事故は、どの現場でも起こり得る身近なリスクであり、その多くは「滑りやすさ」という単純な要因から発生します。本コラムでは、摩擦係数という科学的な視点から滑りの仕組みを整理し、床材・履物・補助具といった対策の種類と特徴を解説してきました。滑りやすさは床の素材だけでなく、水分や油分、靴底の状態、人の動作など複数の要素が重なって生じるため、単一の対策だけでは十分とは言えません。現場の環境に合わせて複数の対策を組み合わせることが、安全性を高める最も確実な方法です。
また、実際に現場で選ばれている防滑コーティング剤や防滑シューズ、防滑カバーなどの製品を紹介しましたが、どれも「どの環境で使うか」「どれくらいの期間効果を求めるか」によって最適な選択が変わります。即効性を重視するのか、長期耐久性を求めるのか、素足環境なのか、屋外作業なのか──現場の条件を正しく把握することが、最適な防滑対策につながります。
滑り止め対策は、事故を未然に防ぐための“投資”であり、働く人や施設利用者の安心を守るための欠かせない取り組みです。今日の現場をより安全にするために、ぜひ本コラムで紹介した知識と製品を参考に、最適な防滑対策を検討してみてください。
当社では本コラムで取り上げた商品以外にも、さまざまな清掃・衛生資材を取り扱っております。「用途に合う商品が知りたい」「現場に最適な提案を受けたい」といったご相談にも対応可能です。ECサイトに未掲載の商品もございますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。最後までご覧いただきありがとうございました。



